依存

私は甘いものがすき。甘いものなら何でもだ。単純にケーキやドーナツ、パンケーキにパフェも好きだが、氷砂糖や角砂糖などの甘味そのものも好む。

私にとって甘味は薬のようなもの。辛いとき悲しいとき寂しいとき、イライラやストレス…そういう人生の苦味を治してくれる。甘いものを摂取しているときは安心できる。脳が溶けるような感覚、多幸感に満たされてふわふわしてしまう。辛いときに食べる角砂糖一欠けらは驚くほどに美味しい。美味しいなんて言葉では足りないほどに。おそらく無いと生きて行けない。生きていると苦いことのほうが遥かに多いから、どんどん頼って堕ちて行く。やめられないしやめるつもりもない。でも最近はとうとう甘いものばかりを食べるようになってしまった。甘いものを沢山食べたいけど食べると太るのでご飯をすごく減らして甘味をその分口にするようになった。よくないことは分かっている。だとしてもご飯じゃ苦味は癒されない。どんなにお腹を満たしても苦くて苦しくていられないから結局甘さを求めてしまう。女の子はかわいくしようと努力をする生き物だからそのままカロリーを多く採るわけにはいかないので結局ご飯を食べなくなる。というループから抜け出せない。地獄だねといわれるがこれはむしろ天国なのだ。理不尽な世界が糖分で天国にできるなんてたまらない。

あと他に気づいたことがある。好きな人は甘い。一緒に居るだけで、会話するだけで声を聴くだけで甘いなあって感覚が頭いっぱいに広がることを知った。実際舐めたりしても甘かったりする。好きな人には味を感じるのだろうか。だからその間は幸せになれる。こんな幸せは許されるのだろうか。それともいつか壊れてしまうのか。壊れることを恐れたら何もできないけれど私は沢山あったからとても怖い。

でもその怖さも甘味が溶かしてくれる。飴をひとつ口に含んで舌で包めばそんな恐怖をすぐに忘れさせてくれる。依存。大丈夫、私は生きていける。

それをひとはなんと呼ぶ。

僕は神様になりたかったのだ。

僕の神様はひどく残酷だ。全てを失った僕に差し伸べられた手を信じて愛したのに神様は僕を助けてなんてくれなかった。裏切った。全てを賭けていたのに僕は耐えられなかった。愛されたかった、幸せになりたかった。でも後から気がついた。あれは裏切りではなく愛なのだと。だって神様が僕に与えたその痛みが愛でないというのならあまりに酷すぎるじゃないか。でもそんなことはありえない。だからこれは愛なんだ。愛に決まっているんだ。だから今度は僕が神様になりたいと思った。

僕はきっと誰かと幸せになりたいのではない。救いたいわけじゃない。苦しんでほしい。五年前、君に振られたあの日から僕はずっと思ってきた。「僕を頭から信じてだめになる君が見たい」と。君から全て無くなれば良いのに。縋る先が僕だけになればいい。世界中が君の敵になって君の世界が僕だけになれば、君の神様になれる。君がもっと苦しんで僕しか見えなくなれば素敵だ。その愛おしい口で「いらなくなったら捨てていいから愛して」とその一言がほしい。あくまで僕からではない彼女からの一方的な愛として。

昔、薬物やアルコール依存症の映像を見たとき、目の前が輝いたことがある。まるで宗教のようにひとつのものにこんなにも執着して欲しがり、人生や自分の全てを捧げ壊れる姿…だって薬物は神様のように辛い現実からひとを救うために存在しているんだ。大切な人を傷つけることで愛している。薬物依存は薬物と世界に捨てられた人間との愛の物語だった。僕が求めているのは、それに近いような盲信だ。例えば、僕が君に毒を差し出しても、君はあっさり受け取るんだ。それが毒だと知らないからではない。たとえ知っていてもそれは愛だと知っているから受け取る。自ら「不幸に落としたいなら落ちてもいい」と思ってくれる。僕のために壊れてくれる。ある一種の共依存。君は僕がいないと生きられない、僕は君を傷つけないと生きていけない。僕以外の誰にも触れさせたくない。傷つけていいのも優しくしていいのも裏切っていいのも愛していいのも全て僕だけ。それはあまりに非現実的だが、とても美しい。

一般的に「幸せにします」と愛を誓う。幸せなんて難しいのに。幸せなんかより苦しみや痛みを伴う不幸のほうがずっと強く結びつく。忘れられないから。僕は自分の手で相手を不幸に落とすのが好きだ。君を幸せにするなんて死んでも言ってやらない。むしろ僕から突き放して君が「自分が悪かった、自分のせいだ」とひたすら後悔し自分がいけなかったのだとずっと責め続ければいいのに。罪悪感に囚われて一生そうやって執着してくれたら、君を傷つける全てを忘れさせる。僕だけの前で僕だけの傷でいっぱいになればいい。

これは全て確かに僕の愛なんだ。紛れも無い愛だ。僕はこの愛しか知らない。世界は僕を痛みでしか愛したことがないから。幸福な人ほど堕ちてほしい。僕の中にある絶望という愛で君を殺したいと感じたんだ。僕の気持ちも知りもしないで、自分の尺度で語る愛なんかを押し付けて「受け止める」だの「よくないよ」だの言えるその人生をこわしてやりたい。どうしようもなく僕の胸が痛いから。僕の愛だけが痛いことに嫌悪するんだ。許せなかった。僕には何もくれないのに。だから離れた全てのものの代わりに残酷なほどの執着をもらってもいいだろう?神様は僕をこうして愛したんだ。僕が神様になることを止める存在なんてどこにもないよ。神が得ているその盲信を僕にもちょうだい。する立場じゃなくされる側として。

僕にひとを愛する権利をくださいよ。どうか。

バランス

 

死にたいと思わないようにするようになった。

私は、期待をしてないうちは死なないと思う。希望を見出したらきっと死ぬだろう。迷うことも無い。死にたくないから死なないのではない。ただ死ぬ必要が無いから死なないだけだ。だから死にたいと思わないようにしている。死にたいと思う瞬間は生きていればいくらでもあるから。

同じように生まれて同じひとであるのに何もかもが上手くいかないこともある。一生懸命頑張ったのに、周りははるかに自分より出来ていると気がついて次元がずれていることを知った。きっと同じくらい頑張った。手なんか抜かなかったし自分の力を出し切った。それでも足りない。何故か評価されない。届かない。悲しい、辛い、悔しい。これをひとは劣等感という。こういうのは本当に山ほどある。

ひとは残酷な生き物だから無意識に傷つける。可能性なんか1%もないのにひどいことを平気で言う。そういう時、今この人に殺されているなあと思う。私は意地悪だから「今あなたはひどいことを言っていますよ」と教えてあげる。その時の相手が傷ついた顔を見て感じるほんの少しの優越感。逆に「そうしたらきっと幸せになれますね」と思っても無いことを告げる時、嬉しそうな顔をして満足そうに笑って皮肉と気づかず、心底幸せそうにしてるときの相手の顔をみて抱く嫌悪感。どうしたって救いが無い。どちらも誰かの気分が悪い。あまりに気持ち悪すぎる世界だから恐ろしいと思った。

ハッピーエンドの物語に吐き気を覚えるのはいつからだったか。人からの同情に殴りたくなる感情を抱くようになったのはどうしてか。ハッピーエンドなんてぬるま湯だ。現実には絶対に起こりえない美しすぎる奇妙なお話。そんなものをどうしてひとは好き好んで読めるんだと思う。あんな幻想に憧れて焦がれて惹かれたりなんかしたら、ひどく自分が惨めになる。嫉妬だろうか。なんにせよ気持ちが悪い。耐えられない。同情だって似たようなものだ。何も知らない相手から告げられる「それは辛いだろうね」「とても苦しいよね」みたいな感情。おそらく相手にはわかりえない感情なのにそんなありきたりな言葉で軽い感覚で勝手に悲しまれ哀れまれる。これを許してしまったら自分の痛みは他人と分け合える程度のものということだ。これも自分が惨めになるばっかりだ。

救いなんてあるはずが無いんだ。私の現実というものは絶対に幸せになれない。そう決まっている。もうあきらめているんだ。不幸という役割なんだきっと。世界に幸福な人がいるように私は不幸という役割を引き受けてバランスを取っているんだ。幸福とは数え切れないほどの悲劇の中の一滴の雫。たくさんの幸福の中の幸福はただの日常と呼ぶ。だから皆が幸福じゃいけないんだ。私に与えられた大事な役割なのさ。だからどんなに辛くとも死にたくはならない。なれないんだ。

与えられている幸福を失うのは普通怖いだろう。でも生憎私には失う幸福というものが無い。何も望まない人間はどんなに現状が悪くなっても受け入れられるんだ。でもひとは愚かであるが故に、相手も同様に苦しむだろうから幸福を自らの手で捨てるなんてありえないと思い込んでいる。そして安心している。

これから自分が不幸に落とされるとも知らずに。

妄想癖

夜は終わらない。夜は僕の好きな時間だ。

午前零時から午前三時までの僕にとって最も心地のよい三時間。自室に戻り耳にイヤホンを装着する、外部の音を完全にシャットアウトしそこから大音量で頭の中に今日の気分に合った最高の音楽を充満させる。ここまで僅か五分程度。部屋を薄明かりにして目を静かに閉じて肺に満タンに空気を取り込み再び目を開ければ、脳に電流が流れるみたいにゾクゾクと快感が駆け巡る。体すべてで音を感じて酔いしれるんだ。さらにアルコールを加えたらもうそれはまるでドラッグのよう。甘美な感覚に中毒になる。自分たった一人の完璧で特別な空間にいる間は全てを忘れられる。気分は高揚し肌は赤みをおび、息は少し荒く口元はにやりと口角があがってしまう。

「完全なる独壇場、役者は全て僕一人、ひとつの間違いも欠陥もない完璧な舞台を作れるんだ!この舞台の上では批判ひとつありえない。ガヤも飛んでこない。全てがご都合主義の世界。あんなに現実ではできないことも許されないこともうまくいかないことも全部思いのまま。素晴らしい…。素晴らしい…はず。はずだ。嗚呼それなのに、ふとしたときに現実の痛みがフラッシュバックしてくるんだ。今日、昨日、今週、今月言われたこと、できなかったこと上手くいかない納得いかない全ての事象…。

『君は何一つできない、見損なった、どうしようもないな、もう手遅れだ、目標ひとつ達成できない、勉強も生活習慣も人間関係も全部だめだ、君には力がない、努力が足りない、意識も気力も足りない、むしろ足りてるものなんてない、どうせできない、君には価値がない!』

頭の中の音楽に邪魔をするノイズノイズノイズ!!そんな時はほら、音量をひとつ、ふたつと上げるんだ。さあもっと自分の世界に浸って盲目的に自分を信じて愛して。何を言われたって関係ない。今の僕は無敵なんだ。努力ができない?全部だめ?価値がない?他者の言葉なんてどうでもよい。君らがそう見えているならそれでいいさ。僕には関係ないんだ。僕だけの世界で完璧ならそれでいい。現実は僕がこの手で変えていくよ言われなくとも。そんな軽口を叩く君らは僕の何を知っている?何を見てきた?人生の全てか?それともなんだ?そりゃあ他人に対してなんて好き勝手いえるさ。別に好きなだけ言えばいい、傷つきもしないし痛くもない。だって無関係な人の言葉なんて興味がないから。まあ確かにその批判は的を得ているだろうよ。でもわかるかい?言われなくとも知っているんだ。僕だってそんなに馬鹿じゃあないからね。その上で解決策を練っているときに煽るのはやめてくれないか。どうせ君ら他人は人の荒れた庭に好き勝手入ってきて歩き回って散らかした後、修復を手伝ってくれるどころか片づけすらしないのだし、勝手に言っていろ。いいから邪魔をするな。この舞台に余計な役者はいらない。ほら楽しくなってきた。演技がかった口調と身振りで現実を壊していけ!両手を広げ聞こえる拍手喝采…良い気分だ。この空間の一切が僕を賞賛する。今夜も最高!」

歌って踊って演じて…長いようで短い三時間が終わろうとしている。再び深呼吸をして拍手と歓喜の声のなか頭を丁寧に下げ、部屋の明かりを完全に落とし、ゆっくりと音量を小さく…小さく…。イヤホンを外し真っ暗な現実に帰ってくる。目を閉じ明日が近づく恐怖に身を強張らせたらそのまま落ちていく。夢という第二の快楽へ。

 

現実が舞台のままなら幸せなのに。

現実の僕の役目はいつまでこのままなんだろうか。

創造

鏡を通して繋がる、溶け合う世界と自意識。幻想かはたまた夢か。

つまらない現実を忘れて目を閉じる。息を止めて三十秒、空想の中で見える世界がある。僕だけが見える反転の世界。見えているものが他人は知らない、僕に映る幻。頭の中に花が咲く感覚を得てその中を様々な正体不明の怪物が暴れまわり、溢れ出てくるイメージと僕の世界の入り口。まるで知らない自分と踊っているようだ!新世界で僕は僕と手を取りぐちゃぐちゃな空気の中で息を止めて踊り狂う。一面を埋め尽くす薔薇の棘の痛みも忘れてステップを踏む。独壇場では何もかもが見えるんだ。もう一人の僕はひどく冷たい顔をしてにやりと笑う。嘲笑うかのように僕に「目を覚ませ」と語りかける。その蛇のような瞳に光はない、そこには情も愛もない。冷酷で残酷なその瞳に囚われたら逃げられない。その瞬間、世界の色が反転した。そして目を見開く。なだれ込む日常と淀んだ空気、つまらないつまらないつまらない。

その瞬間に空を見上げるといつも聞こえていた。ずっと以前から鐘の音が。空から降ってくる音。自分にしか聞こえていないらしい。不思議で不気味ででも儚く、心が高鳴る音。

今日もいつも通りなっているなと思って空を見つめていると、とつぜん、いつも以上にひどく鳴り響いた。ボォォォォン…ボォォォォン…頭が割れそうだ。周りは耳を塞いで唖然としている。どうやら今回は聞こえているようだ。僕はとっさに思った。ついにきた。このときが。

僕は立ち上がり人目なんか気にせず声高らかに叫んだ。

「アポカリプティックサウンドさ」

天使の舞う光、美しい終焉と響く鐘の鈍い音。鳥は死に木々は枯れ、水は荒れ狂い空は叫び続ける。人々は逃げ惑い、絶望と恐怖…そして祈りを涙を流しながら天に乞う。僕は頭の中の僕と手を硬く繋ぐ。低くそして美しい音色。音階もなければリズムさえないのに涙が出るほどの燦爛たる情景。死にぞこないの目にともる光はまさに天から差し伸べられた救いの手。青空を掻き分けて君はやってくる。天使。頭上の輪がきらきらと輝き透き通るように白い羽、ハープのような声と感情の見えない冷たい顔。恐ろしく綺麗だ。

「世界がついに終わるんだ」

高揚する。ドキドキと打つ胸、自然とこぼれる笑顔、にひぃと笑う。手が震え、体は熱く、軽い過呼吸に陥るほど。このときを待っていた。ずっとずっと待っていた。思わず僕は僕の手を離した。すると消えてなくなり僕の前にあの美しい君が現れた。天使よ。君に会いたかった。ああ、頭の中の僕は天使だったのだ。僕に囁く天使だった。終末を知らせるためにやってきたんだ。大丈夫、もう怖いことなんてない。終わるのだから。さあ退屈な世界を壊して創造者になるんだ。僕が始める世界。きっとこれは終わりであって始まりの音。

嗚呼、この終末のラッパを今までずっと吹いていたのは僕自身だったのか。

 

五年前の自分へ

さっき寝る前にポストを見たら五年前の自分から手紙が届いていた。十五歳の私から。

十代らしくたくさん悩んでた。「五年後大学生ですね。今私は毎日死にたくて辛いですが、五年後は幸せに生きてますか。今の夢は海外で仕事をすることです。世界が好きで人を愛しているのでそんな役に立つ仕事をしたいんです。きっと私は頑張って今大学で一生懸命勉強してると思います。どうか夢をそのまま叶えてください。」だって、らしいなあ。それに親友にも一言書いてある。

今日はここに五年前に送れない代わりに当時の私へ返事を書こうと思う。

 

五年前の私へ。

大変でつらかったよね。知っています。五年後も残念ながら幸せではありません。未だに大学生にはなれず、毎日家で時間を無駄にして生きています。ごめんなさい。でも、死にたくはないです。私は生きることを好きになりました。そして諦めや妥協がうまくなりました。今は自分にとっての幸せを探しています。親友にも一言くれているけれどもう交流していません。当時に比べると何もかも変わりました。あなたのように世界も人も愛せなくなりました。あなたよりずっとひどい人間不信になり、当時よりも精神疾患が増えました。他人と素直に向き合っていたことをうらやましく思います。素直に感情を出せるのも素敵でした。あなたの抱いている希望はすべて壊れます。そこからの人生はひとつもうまくいきません。でも、身近な優しさをいつか知ります。もっと素朴でお金にもならないところを考えるようになります。夢は持っていません。好きな人もいません。恋ももうできません。きっとこれからもずっと一人だと思います。

毎日不安で悲しくて苦しい生活になりました。自分が壊れる感覚を感じています。無理はしないでください。あなたは頑張ることが苦手です。だから色んなことを諦めてください。未だに私は何もわからないままです。でも世の中のありふれた幸福があなたにとっての幸福でないことを知ってください。大丈夫です。不幸でも辛くても私は生きます。だからもっと肩の力を抜いて視野を広げてください。少し楽になれますよ。

そんなに頑張らなくてももう良いんですよ。

 

 

崩壊

頭が壊れそうだ。弱音はだめなんだ。数時間前に自分に言い聞かせたようにしっかりしなきゃ。しっかり、まともに真面目に一生懸命に。頑張って生きて生きて生きなきゃ。

誰にも頼れないと知っているから。僕はひとりだとわかっているから。他人の言葉は無責任で「大丈夫」といわれようが、素敵なアドバイスをもらったってその後で失敗してもまた同じ言葉をかけるだけで助けてくれないことなんか知っている。嘘ばっかりだ。こんなに生きてきて学んだのはそんなことか。慰めなんか無駄で、そんな「温かさ」とか「優しさ」「安心」なんて意味のないものは求めても自分が傷つくばかり。これからもただ孤独に生きることしか手段がない。だから弱音なんか吐けない。吐いてはいけない。嘘でも笑って、嘘でも自分を保って、もう一人の僕に、強い僕に全部任せるよ。

今の僕じゃ、心の中がかすんで全部どうでもよくて、今なら死んでもこの先人生すべて失敗してもよい気分で、いけないんだ。いつもと同じ繰り返すだけ。爪を噛んでも、自分を殴ってみても変わってくれない。でも焦って焦って、早く治さなきゃってもがいて騒いで頭の中はぐちゃぐちゃ。正しい世界が現実が見えない。見えないといけないのに見えない。弱い弱い弱い。こんなどうしようもない自分が嫌いだ。壊してしまいたい、ああ僕なんかこの世に居るばっかりに。出来損ない。こんな無駄な自己嫌悪。

なんでこんなに生きるのって辛いんだ。ただ息をして人と話して今日のタスクをこなして何か食べて寝るだけのはずなのに。何が辛くて苦しいんだ。僕の何がおかしいんだ。僕は誰なんだ。なんでしっかりできないんだ。この憂鬱感はどこからくるんだ。頭がおかしくなりそうだよ。

でも立ち止まるなんて許されないから、歩かなきゃ、いや、走らなきゃいけない。人より速く、追いつかなきゃ。止まれない。走れ走れ走れ。痛くても折れていても病気でも構わず走り続けろ。じゃなきゃ本当に死んでしまう。ゆっくりなんてできない。止まったらだめだ。ああ。いたいなあ。

痛い痛い痛いいたい。止まりたいやめたい消えたいどこかにいきたい。やめたい。誰にも伝わらない、聞こえるんだ周りからの声が刺さるのが聞こえる。

「病んでる」「めんどくさい」「かまってちゃん」「皆も辛いのに」「悲劇のヒロインぶってる」「死ねばいい」「うざったい」「かってにしてろ」

わかってる。そうだなと思うし、自分だって他人にはそう思う。だって構ってほしいわけでも助けを求めてるわけじゃない。僕は僕しか信じない。僕には僕しかいない。だから他人なんてどうでもいい。他人からの心配の言葉なんて、そんな上からの恵まれた立場の人の気持ちなんて考えたこともない理解すらできない他人のことばなんかむしろ傷つけられるだけだ。腹が立つだけだ。そんなものはいらない。ただ自分の中で自分同士がぐちゃぐちゃになってわけわからなくなってるだけなんだ。僕が誰かわからないよ。

なにがしたいんだ。