追い詰められた希望論に抗う気力すらなくて、自分以外の全てが敵のような気がして目が回って倒れたって救いは来ない。来ないんだ。

救いなんてものは、理想なんてものは、愛なんてものは嘘で存在するはずがなくて、盲信したところで傷つくだけでなんのための理論なのかも意味不明だから考えたくない。

私が生きてきたことにこれまで一体なんの意味があったのだろう。否、なにもない。そんなものはない。私が四苦八苦して地を這いつくばって必死な思いで生きた20年に一切の意味は生じていない。空白。

どうして生を選んでいるのか馬鹿らしくなってきた。生きることが正しいなんて嘘じゃないか。何も無い空白と矛盾と不条理のために生きるのか?それが人間の使命だと?そんな生を両親は私にわざわざ与えたのか。

嗚呼もう逃げるにしたって逃げる先がない。私という人間自体に問題があるのだ。その問題を取り除かなければどうにもならない。だから私が消えるしかない。それが正しいなんてわかりきっている。

私には失って悔やむものすらない。才能もない、容姿も悪い、集中力もなくて頭も悪く、人と話すのも下手くそで家族にも愛されてない。こんな私が失われたところでどうだっていいはずなんだ。皆は手を叩いて喜ぶはずだ。

いや、喜びすらしないかもしれない。どうでもいい可能性の方が高いだろうか。いずれにせよ一番なのだ。これ以上ないベスト。

今まで社会にも人にも役に立てなかった、何にもなれなかった私に残された唯一できることなんてそれしかない。それさえ出来れば私は人の記憶の中では人生の被害者であり、私という物語が完璧なバッドエンドを迎える悲劇になれる。

一石二鳥だね。

無意味

結局、終着点は一つだった。

死にたいとかじゃない、 でも生きていたくない。生きてることに意義がないから。どんなに頑張っても人はいずれ死ぬし、友達も家族も所詮は他人で私がどうなろうとどうでもいいし、私がいてもいなくても変わらない。生きてたっていい事なんかなにもない。よくよく考えたら、周りに迷惑しかかけない人間の発展のために働くのも嫌で、お金があったって何にもならないし、やらなければならないこととか夢とかそんなものは意味が無い。

だからさ、生きてる必要なんてないんだよ。生きるのが普通ってみんな思ってるから生きてるだけで、死ぬのが普通だったらきっとすぐに死ねる。そういうもの。生きてたってどうしようもないよ。まだ死んだ方が有意義だと思う。

気分が悪い。頭が重くて意識がなくなりそう、眠たい。何も考えたくない。誰とも話したくない。関わりたくない。やめたい。疲れた。

樹海

好きな人、というものがよく分からない。

好きというのは、性格が良いとか、能力があり尊敬出来るとか、一緒にいたいとか…だと思う。で、色々考えた結果、たどり着いたのは、僕の中での好きは「付き合いたい」ではなく「こうなりたいに近い」だった。僕の抱く好きはどうやら恋愛感情より憧れが勝つらしい。自分より優れて尊敬出来る人間を好み、強くひかれ憧れる。いつしか、こういう人になれたらなあと思い始め、ついにはその相手の能力に嫉妬さえする。そしてボロが見えてきたり裏切られたりして理想から遠のくと興味がなくなる。

結局、どうやら僕は僕がなりたい姿をしている他者が好きなだけ。要は他者を通して理想の自分を愛でているに過ぎないのではないか?

もちろん、愛を囁かれたり大切にされるのは嬉しい。でもこれも、自分を大切に扱ってくれて愛してくれるという行為に対する「好き」であって恐らくその人がしているからではないのだと思う。愛されている自分が好きに過ぎない。

つまり僕の好意はただのナルシズム。実際の相手個人のことなどほぼ見えていないに等しい。僕は自分が可愛いだけのようだ。

そして思った。そもそも他人へ愛を伝えたとしても理想通り返ってくるかどうかという不確実なものより、最初から自分から自分へ愛を向ければ全て自分に跳ね返り何ひとつとして欠陥のない両想いが出来上がる。誰からも愛されない僕のような人間を唯一愛せるのは僕自身しかいないと思うし、これなら誰にも邪魔もされない。

これで僕は恋愛という樹海から抜け出せる。

解放

疲れてしまった。

誰かと恋に落ちた、付き合った、友人とすれ違った嫌われた、努力が出来なかった、何も出来なかった。そういう全てに疲れてしまった。家族とさえ関わるのが辛い。誰かと関係を持つのが重しになる。人と関わるのが怖い。

今日も上手く生きれなかった。毎日怠惰なままで、周りは頑張っているのに、成長しているのに、まともなのに、僕はダメだった。ダメだったんだ。

誰かが「死にたいと思っても実際死に直面すると生きたいと思うものだ。」と言った。

僕はこの前死にそうになった。それでも、「嗚呼、やっと楽になれるな…」と思った。酷く安堵し目を瞑り幸福さえ感じた。結局助けられてしまったけれど、確かに死に対して僕は安堵したのだ。

明日への恐怖、家族の期待、人間関係、自分の能力、世間の目、将来への不安…。

それら全てをその一瞬で消え去ってしまえるなら僕の命などどうでもいいと思える。それだけでひどく安心してしまう。

きっと僕は生きなくていいと言われたい。死ぬことを許されたい。否、死ぬことを望まれたいのだ。きっと。

楽になりたい。

眠りたい

線路に降りそうになった。

ぼんやりあてもなく電車に乗ることを目的として電車を待っていた。残り10分。ホームには僕一人。何となく線路を覗く。不思議と温かく見えた。心地よくてキラキラしてきっと安心できる気がした。

でも多額の賠償金やら何やら僕のせいで迷惑をかけたくないのでやめた。まあきっと、ただの寝不足だったのだ。

午前3時。必死に眠ろうとする自分と眠気が来ない頭との格闘が毎晩終わらない。朝も昼間もあんなに眠たいのに、夜だけは眠くない。一日のダメだったことが、出来なかったことが、不安が押し寄せて眠れない。何時間も必死に目を閉じて眠るために苦しむ。

でもそもそもなぜ寝なければならないのか。無意味で無価値でなんの意味もない明日を迎えるためにこんなに頑張ってるんだろうか。明日なんか永遠に来なければいいのに、そのために何故頑張って……。

午前6時。眠いのに眠れない朝。気持ちが悪い。クマが酷く、顔色が真っ青だ。コップ一杯の水と思考停止した頭が朝食を拒否する。そしてそこから3時間朝日の中うとうとする。その瞬間、いつも私はこのまま死ぬのではないかと疑う。

母に怒られたくなくて浅い睡眠で起きて胃にものをいれ、またダメな人生を歩く。いや、むしろ現実に引きずられる。

 

ただ独り。

生きているだけですごい。

めちゃくちゃ世間的成功者の語る希死念慮ってなんだとおもいます?

いや、まあ生きていればどんな成功者でもつらいことはあると思いますよ。でも成功しているだけいいじゃないですか。さも、こちら側の絶望を理解しているみたいに語り掛けてくれちゃいますけど多分、多分ですけど全然レベルが違くないですかね。「死にたい」の一言をとってもすごい幅があると思うんですよー。本当に死ぬしかないような人に笑いながら「ああ、うん。わかるわかる。私もいつも死にたいよ笑。」的なテンションで話しかけられても、それ絶対煽ってますよねってことです。

他人の批判はともかく、最近はしにたいはしにたいですがだいぶ明るい病み方になってきましたね。「今日も目が覚めてしまったかー。頑張りたくはないなあ。まあ明日明日。明日だめなら来世来世。寝よう!」みたいな感じになってます。頑張りたくないんですよ。二十歳の若者が何をぬるいことを言っているんだと叩かれそうですが、頑張りたくないものは仕方なくないですか。頑張ったって報われる保証もなく、どんなに地位を高めたりお金を手にしても結局いつかは死ぬので。無駄じゃないですか。何もなくなるために頑張るんですか。いやですよそんなの。できるだけ楽して、楽がだめなら死んでもいいくらいの勢いで生きたいですね。生き急ぐくらいなら死に急いでいきますよ。

まあそんなこと言っても「生きていれば楽しいこともあるさ」とか言い出す人がいそうなんで言っておきますけど、楽しいことって何ですか。そんな一瞬の娯楽のためにあとの八割九割の苦しみを耐えるんですか。だいたい生きていたって楽しいことほとんどないですよ。朝は起きるのが辛くて、ご飯食べるのが面倒で、着替えはだるくて、わざわざ外に出て人に文句を言われながら関わって働いて、お金を作って、帰ればまた家の人に文句を言われる。極度の人間不信なので恋人は生理的に作れませんし、家族でさえも信用はできず誰にも頼れませんからストレスはたまるしかなく。こんな人生の何が楽しいんですかね。まったく理解できませんよ。唯一の楽しみは疲れた時に飲むアルコールだけ。アルコールは何でも忘れられるので好きですけどそれも記憶ごと飛ぶので楽しくはないですね。ほら、結局何もないじゃないですか。

布団でごろごろして生きてるだけですごいって言われたいんですよ!生きてるんですよ。すごいじゃないですか。こんな何の意味もない人生を生まれてしまったが故に強制的に生きなきゃいけないのに、ちゃんとまだ生命をつないでいるんですよ!?褒められていいですよこれは。生きている全ての人類の皆さんすごいんですって。だからもっとゆるくいきませんか。適当に食べて飲んで息していたくないですか。頑張るのはやめましょうよ。疲れたくないです。

はあ、現実逃避ですけどね。

アネモネ

どんなに信じても必ず裏切られる。だから期待なんてしたくなかった。でもどんなにしないようにしていたって心の隅では少し期待してしまうもので、それが裏切られた時の痛みは計り知れなくてまるでナイフで心をめちゃくちゃに刺されているみたいだ。痛い。本当に痛い。頭まで犯されているほどの苦しみ。

私は愛されたかっただけなのだ。愛されないと分かっていても甘い夢を見てしまったのだ。許されない望みを抱いた罰は厳しくて、きっと私はもう誰の言葉も愛も何も信用なんてできなくなってしまった。私の人間関係も信頼も愛も終わってしまった。もう例え愛されてもそれを感じることも理解することも信じることもできない。寂しい世界になった。

私は幸せになりたかったのになあ。許されないんですか。こんなに努力しても尽くしてもダメなんですね。私は愛を抱いてはいけないんですね。

不自然な笑みが込み上げてきて泣きながら笑って色んな思い出を振り返って、それでも相手を責められない。私が悪いのだろうと思ってしまう。全部全部私のせいで、私がここに存在して人に愛なんか抱くからこんなことになったんだと。理解ができない。どうやったら生きていけるのか。どうしたら幸せになれるのか。なんでこんなに孤独なんだ。家族にも誰にも愛してもらえないんだ。つらい。ただただ素直につらい。消えてしまいたい。

愛ってそんなに軽いんですか。誰にでもあっさり伝えるんですか。ひと月も経たないうちに消え去るものなんですか。私の何がだめですか。全部ですか。存在そのものですか。生まれなければよかったんですか。どうして皆さんは楽しそうなんですか。私はどうして笑えないんですか。救いがないんですか。

何を思えばよかったのだろう。どう生きたらうまくいっていたのだろう。私という生命自体がだめなのか。何も考えられない。何のために生きればいいのかわからない。でももう二度と誰も信用しない。誰の言葉も届かない。私はたった一人の世界を歩いていく。何一つ期待せずただ死ぬために生きていく。それしかすることがない。

生命の浪費。ああ本当に生まれなければよかったなあ。こんな無意味な世界をいきるくらいなら。死にたくないけど生きたくない。生まれたことを嘆くばっかりだ。もう疲れたなあ。

疲れた。