節目

人生が終わったというか、世間的に終わった。

社会的な地位がすべて亡くなったような世界にたたずんで冷たい空気が私を包んでこの人生を嘆いてもう死にたいという一言を言わせてくれない。

死にたいなんて軽はずみだ。軽はずみな言葉を紡いでメンヘラだなんて笑われて、何を言いたいのかわからなくなる。

でも私が今日こんなに死にたいのは、失敗したからだ。人生で家族の親戚の目の前で失敗したことが何よりも挫折だなんてくだらない。

そんなものがなんだ。

そう分かっていても、私はやめられない。人生をやめられない。死にたいもやめられない。死にたいのに死にたくない。結局私は生まれたくなかっただけなんだろう。

家族というのは繋がっているようで繋がっていない。言葉だけの関係というか、家族だって言っているから家族なだけであって、実際一番わかっているのは他人だったりして、そんなもの案外どうでもよかったりして。

私が傷ついていることだって案外くだらなかったりするんだ。

友人があなたは悪くないと言ってくれるだけで救われてしまうあたり私の人生なんて無意味なんだろう。

無意味というか、こんなふうに嘆くために生きているのかもしれない。

家族という枠組みが私の中で意外と大きかったことが驚きで愛されてないことを知っていても、嫌われたくはなかった。嫌われたくないって特殊な感情だ。

他人なら別に嫌われても関わらなければいいなっていう話だけれど、家族はそうはいかない。嫌われたら嫌われたことを自覚したまま生きなければいかないことが案外辛かった。

母の身代わりとして生きていても、愛する理由なんてどこにもなくても私はそれでも愛していたし、母に好かれていたかったんだ。

自分はなんて愚かなんだろうか。

誕生日を祝われた時に、何がおめでたくて、私の何を知っていてどんな気持ちでそんな軽いことを言えるのかという気分になった。私の人生も知らなければ何かを求めるだけで期待するだけで結局私自身を何も知ろうともしてないし、世間的に正しければ私は幸せだみたいな。

そんな場所でも生きてしまうことに、いや、そんな世界を壊してしまうことが重罪な気がしたんだ。

だから私はこんなにも死にたい。

死ぬほど後悔している。

酔ってこんな文章を書いてることも、皆が本当に私を理解しえないことも含めて。

とてつもなく寂しい。

寂しいんだ。

この世界で一人きりのような。

そんな疎外感に殺される。

 

でも私は明日を望むこともなく迎えて

生きてしまうんだろう。

 

二人きりで世界から。

「私明日で猫になるの」

愛しい瞳で僕を真っ直ぐに見て彼女は言った。美しい肩につく長さの黒髪が窓から入ってきた風に揺れる。最初冗談かなと思った。でも彼女は嘘をついているには相応しくない真剣な瞳と泣きそうな笑顔だった。

「もう君を困らせないよ。わがままも言わないし今よりずっと素直になれるから、そしたらもっと沢山の感情を君に伝えるね」

ぽろぽろ涙をこぼす彼女はこの世のものとは思えないほど美しく、まさに人には見えなかった。今どんな想いなのだろう。悲しみ?苦しみ?幸せ?

「だから私をどうかいつまでも愛していてね」

そう言ってダイヤモンドの美しい泪を流した。

 

 

彼女が猫になった。

「にゃあ」という音しか発しなくなった。僕は猫の本を手当たり次第に読んだ。でもどんなに読んでも全然わからなかった。わからなくて悔しかった。

「にゃあ」

そういって僕のひざの上に座る。愛おしそうな瞳で僕を見つめる。確かに彼女なんだと再確認するように撫でれば心地よさそうに擦り寄った。あの美しい黒髪は綺麗な黒い毛並みへと変わった。撫でると彼女の髪に触れているような心地よさがあった。

「馬鹿だなあ。僕はね、知っていたんだよ。君が何を考えて何を想ってどんなことを心配してるのかなんて。全部知っていてわかっていて一緒にいたんだ。ちゃんと伝わっていたんだよ。」

彼女の体温を息遣いを心臓の鼓動を感じるたびに愛しくて切なくて虚しくて、彼女に変わりはないのに言葉を交わせないことが苦しくて。どうしてか僕は目から海のように塩水を零していた。

「猫になんてならなくても僕は」

そこから先は言葉にならなかった。僕は なんなのだろう。知っているからどうなのだ。彼女はどうして猫になってしまったのか。きっと不満だったわけじゃない。悲しかったのでもない。でも僕は彼女の紡ぐ言葉が好きだった。不器用でそっけなくて強がりな彼女の言葉の中ににじみ出る感情を聞くのが好きだったのだ。君が愛した本も映画も独特な世界観も大好きだった。もっと聞きたかった。

でもそれももう聞けない。

彼女がまた「にゃあ」とつぶやいた。

 

 

「にゃあ」

ごめんね。でも私やっと素直に言えるようになったんだよ。君と沢山お話したかったけれど上手く言えなくて、息苦しかった。

「にゃあ」

本当はね知ってるんだ。君が私の気持ちを理解してることも全部。ちゃんと分かってて猫になったんだよ。

「にゃあ」

人がいやだったの。世間とか社会とか家族とか友達とか色々なことに属していて、表現したいことができないのがいやだった。

「にゃあ」

君と二人の世界で生きたいのに。人間だと他の全ての不要なものを捨てられない。不自由なまま君と生きたくない。

でもこれからは君と二人の世界で沢山伝えられる。いっぱいお話しよう。ちゃんと幸せだよ。後悔なんてない。

「にゃあ」

大好きだよ。

 

窓から光がさして彼女を照らす。ふと人間の彼女が僕のひざに座っている気がした。

「僕も君が大好きだよ。」

はっとした。彼女の言葉が分かるのだ。にゃあという音を通して今まで言葉にならなかった彼女の気持ちが手に取るように伝わる。猫になった彼女の紡ぐ言葉は美しかった。

神様がくれた奇跡だろうか。

 

「にゃあ」

でもね、ひとつ謝らなきゃいけない。猫の私は君よりずっと早くいなくなるの。その時はどうか一緒にいてね。

それでも良いと思った。彼女が幸せならそれはきっと悲しいことじゃない。死ぬことだって生きている証だから、例え僕より彼女のほうが死んでしまうのが早くても、その時は

「その時は、空まで一緒に逝こう。ずっとどこまでも、僕は君から離れないよ」

 

それに少し見てみたかった。生命が終わるときその魂は碧く光るという。きっと僕たちが碧い空に帰るときはひどく美しいのだろう。彼女と最期に見る世界を、二人が永遠の碧に包まれる瞬間を見てみたかった。

 

これもひとつの愛の形だと想うから。

 

初恋

世界が終わる音がした。

私の舞台の終焉だ。

築き上げたすべてを捨てて悪戯のように人生に幕を下ろす。

アンコールには応えない。

 

まるでお遊びだ。人生を恨んで嘆いて、そうしてまた死を夢見る。

叶わない理想に焦がれる。

 

まるで恋だ。

 

恋をすると世界は輝く と言う。実際もそうなのだろう。甘くてキラキラした自分と相手と二人っきりの世界。夢のようで幸せな場所。

人生が舞台なら、恋は舞台の上のスポットライト。照らされた美しい場所。

息苦しくて湖の底のようなくらい人生で、自由に泳ぐ恋。恋だけは水の中で息ができる。ちっとも苦しくなんてない。

「死」は私の初恋。

君と出会ったとき、世界は明るくなった。輝いて天国みたいで。湖の底で私に酸素をくれた。

世間がどんなに許さなくても私は君が好き。君は裏切らないから。一途だから。どんなに暗い舞台でも、観客が一人もいなくても、君は私と舞台に上がってくれる。一緒に生きてくれる。最期までずっと一緒にいてくれる。

君となら未来だって描けるんだ。何があっても心配なんてない。だって君と一緒になれば幸せになれるから。どんな未来が待っていても、最後はハッピーエンドなんだ。

だから、君に少しでも近づきたくて舞台を終える振りをする。

君がいれば舞台が終わることだって怖くない。君と一緒ならなんだってできる気がするんだ。君と心中だって幸せだ。

ふりをするその瞬間君に出会えるその一瞬が嬉しくて愛しくてたまらない。

君となら息苦しい湖の底で自由に泳げる。君と二人で生まれ変わって魚になれる。

だから私は何度も君を求めて人生という長い道を彷徨う。

 

たとえ本当に一緒になって心中したとしてもそれはそれで良いんだ。

君となら舞台にあがり続けても、幕を下ろしてしまっても良い。

 

だって君を愛しているから。

退屈と平凡

何もない日々。変化のない時間。

無限ループのような日常で息をする。

嫌いになりそうな世界を私は愛そうとした。懸命に足掻いて、光を探して、生まれた意味を求めて。そんなものはないと知っていても、それでも目を逸らすために探して彷徨った。ただ息苦しさから逃れたくて。

水の中のような視界の悪さと動きにくさに溺れて世界の底へ落ちていく。

ふと、退屈と平凡が交わった。

時間がカチッと止まる。

何もない人生と目が合う。何も成し遂げてこなかった、空っぽの人生が私を見つめる。

「目をそらさないで」

現実から外れた世界の底で、人生と未来と挫折と絶望と自分と出会う。

無意味であったと受け入れろとそれらは言う。力強く私を見て真っ直ぐに。見透かされるような瞳に吸い込まれる。人生を現実をひとつひとつ振り返る。

華やかさの欠片もない、モノクロの人生を虚ろな瞳で見渡す。その目に希望はない。

苦労しかない私の道をあきらめて眺めることでは何も救われない。それでもよかった。何も救われなくてよい。

ただここで期待をせず静かに眠ろう・・・。

 

長い夢。のような気がした。息苦しい夢。

起きてしかれたままの布団と横の酒と乱雑な部屋に目をやった。誕生日明けとは思えない部屋にため息1つ。現実で誰も祝ってくれない。祝われたくもないけれど。

誕生日がおめでたいなんて誰が言ったのだろう。

「おめでとう」

こんなに似合わない人間がいるだろうか。私は祝われる筋合いがない。「誕生」なんて生き地獄のスタートだ。死に向かって歩くだけの無意味な恐怖を何十年も続けなければいけない苦しみの始まり。それに、例えば現時点で何かしら成功しているとか頑張っているとかそういう祝うにふさわしい人ならまだわかる。

でも私はなにもない。大げさでも被害妄想でもなんでもなく、本当に何もない。今まで頑張って生きてもこなかった、何か成し遂げもしなかった。

ただ家に居て、ただ無意味に生活をして、生命を無駄にして生きている。生きているだけ。人生を消費しているだけに過ぎない。

退屈と平凡だけの世界で私はどうやって生きたらよいかわからない。

全くわからない。虚ろな目で世界を呪って、だらだら息をすることしかできない。「やめたい」と思う。でもやめられない。そんな気力すら足りない。

誕生日なんてうれしくない。生命を呪う日だ。特別でもなんでもない。ただの時間の流れの1つ。節目でもない、いらない。こんな日はいらないんだ。こんな日さえなければ私は何も始まらなかった。幸福も不幸も希望も絶望も知らないままでいられた。知りたくなかった。生きているだけで吐き気に襲われるほど気持ちが悪い。

それでも生きてしまったものは仕方がない。身を任せてそれなりに諦めて楽しむしかない。楽しめていないけれど。こうしているうちにも時間は過ぎて現実に責め立てられる。

時の流れるのが怖いから目をつぶって知らない振りをしていたい。

永遠の退屈と平凡を私に。

どうか。

幼少

人の少ない電車に乗っていたら、小さな女の子と乗り合わせた。

「あのね、わたし大きくなったら先生になるの」

そう言って彼女は誇らしげに満面の笑みでこちらを向いた。

小さな女の子に話しかけられてから数秒。私は彼女に自己を投射してしまって返す言葉が出なかった。

 

ただこの子は「先生になりたい」だけなのだ。年収とか、どうやってなるのかとか、どの程度の学歴が必要とか、世間の目とか、そんなものは関係ない。なりたいから。それだけ。

子供の純粋さというのは時に羨ましくなる。私は彼女のように素直に「これになりたい」と言えるだろうか。なりたいものはある。夢もある。でもそれよりも遥かに現実の厳しさや、周りの目や、自分の能力と立場が気になってしまう。素直に真っ直ぐに「なりたい」なんて言えない。もう言えなくなってしまった。

大人というのは責任を伴う分、出来ることも多いしとても楽しいと思う。でも、幼かった時の無責任に夢を持って未来に胸をときめかせ、なにか素晴らしいものに出会えると信じて生きていた日々を懐かしむことがある。

予想のつかない未来が待ち遠しくて、一生懸命に生きているのはとても楽しかった気がする。少なくとも今のように、「死」「孤独」「諦念」というものが生活の中心ではなかった。底知れぬ恐怖に脅かされることもなかった。きっと私はよく笑っていたし、素直だったと思う。

もちろん、今の自分だって好きだ。ひねくれていても、どこか変わっていても、それでも自分が好きなのだ。自分が愛さなければ、誰が愛してくれるんだと思う。

だとしても、昔の私とばったり出会ったらきっと失望させてしまう。

「私ってこんなになっちゃうんだ。」

と言わせてしまう。「ごめんね」しか私は言えない。それ以上に言う言葉がない。ただ、過去への罪悪感のようなものに支配されてドロドロとした感情が溢れ出るばかりだ。これでも私はそれなりに苦労して頑張って生きたつもりなのだ。それでも結果がこれだった。だからもう何も言えない。後悔すら、許されない。

幼き私に出会えたなら殺してしまうかもしれない。彼女には描いているような未来は来ない。来ないから夢を見ているまま死んでいてほしい。空想が好きな私が現実に毒される前に。

乗り合わせた幼い少女は「先生」になれるだろうか。そもそもその「なりたい」はどの程度のものだろうか。まぁでも私が彼女くらいの時の夢なんて覚えてないほどだから、きっといずれ変わるのだろうけれど。

大人になるのは寂しい。バカができなくなる、夢を語れなくなる、人を信用出来なくなる、孤独を知って、現実を知る。

出来ることなら大人になりたくない。現実も、責任も知らないふりをしていたい。まだ世間に甘えていたい。そんなことは許されないだろう。

私にはすっかり分からなくなってしまった。何をすべきで、何を求められていて、何を求めていて、どこへ向かいたいのか。自分のことなのに分からない。ただ明日も日が昇るから生きる。まるで消去法の人生だ。

生きているだけで悲しくなる。

 

「ねえ、きいてた?お姉さん」

と不安そうに再び話しかけられてはっとする。この小さな心の内に秘めた夢への希望を消してはいけない気がした。

「先生になるのは大変だよ。頑張れる?」

そんな在り来りな言葉で彼女に返せばみるみる笑顔になってうん!がんばるよと大きく頷いた。

「お姉さんのゆめは?」

私の夢。難しい夢があるにはあるけれど。

「本を書く人になりたいかな。」

作家。私は文章を書いていたい。活字に触れていたい。言葉を愛していたい。

「すごい!いつかぜったい読んであげる!だから名前おしえて!」

私は差し出された自由帳にペンネームをかいてあげた。

「読むのたのしみにずっとまってるね!」

天使のような微笑みで、陽の光の中に降りていく彼女を見送った。何故か、すっかり私が励まされてしまった。悲しい気持ちもどこかにいって、小説を書いて応募してみようかななんて気になる。

彼女の座っていた場所に私が前に好きだった本が落ちていて、忘れ物かなと思って降りてみてももう誰もいない。

偶然にもその駅は昔の最寄りだった。

 

そういえば、私は昔、先生になりたかった時があった気がする。

はて、彼女は…

布団

あたたかい。

不思議な力を感じるほどに吸い寄せられる。そして出られない。毎日毎日グズグズと篭ってしまう。出ようともがく、いつも足掻く、それでも結局力尽きてそこに再び落ちてしまう。どうしても抜け出せない。

まるで天国だ。一生のかなりの時間をここで過ごす。心地が良い。すぐにでも夢に連れていかれそうだ。やさしくて、いつだって変わらずここにいてくれる。

まるで恋人のようだ。包容力があって誰より私の悩みを聞いて、私を理解している。寄り添ってくれる。いい天気の日の夜はお日様の匂いがするし、寒い日は温めてくれる。

ともかく私は君がとても好きなのだ。ずっといたいくらい。一生をここで過ごしても良いくらい好きだ。まあもちろん、誰しも朝目覚めて君と過ごす時間が好きだろうけど。

でも君はよく邪魔をする。仕事や、やらなければいけないことがある時、決まって君は私を呼んで無駄に時間を過ごさせる。気がついた時には遅くて、時間だけが過ぎ去って仕事は全く片付いていない。最悪朝だってこともある。

それでも憎めないし、嫌いになれない。君がそこにいる限りやっぱり求めちゃうんだ。本当に好きだね。

引越しの時も一緒に来て、この新しい家でも私を癒してくれるんだと思うと嬉しい。二人で夢を語って明日に期待しよう。幼い時からよくやってることだ。君と語る夢は楽しみだよ。

今は毎日家にいるしいつも君に頼ってばかりだ。泣いてる時も1人になりたい時も、何もかも忘れたい時も疲れた時も、君に頼ってしまう。ごめんね。あまり甘えてはいけないよね。

わかっているんだけど、上手くいかない。

でも今はやっぱりもう少しだけ。

君と話していたい。

退屈

楽しく暮らしていたい。

とある事情により毎日休みなのだが、案外毎日休みだと楽しくないことに気がついた。あんなに、「毎日休みたい」と思っていたのに今では退屈でたまらない。

どうやら休みだと、良いことも悪いことも起こりにくいようだ。仕事なり学校なりがあると、山あり谷ありの日々になる。すると退屈では無い。でも休みは毎日同じことの繰り返し、変わることと言えば食べ物のメニューだとか、天気だとか、そんなことだ。これでは山も谷もできない。

私は基本的に人生を楽しんでいたい。私の楽しいことと言えば、考えることだ。もちろん、旅行とか、酒を飲むこととか、まあそういうのはもちろん好きだけれど、それらのことをしていても考え事をしてる時は一番幸せな気がする。

知らないことを知るのが好きで、知ってることを繰り返すのは好きじゃない。だから、新しい書物を広げてその世界に浸るのが至福のときだ。本は私をどこにだって連れていく。新しい知識の宝庫だ。

知らなくても困りはしないことばかりだけれど、新しいものに触れた時の感動と、そこから変わる新しい世界を見ると、人生が豊かになる気がして楽しくてたまらない。

しかし知っていることを覚えるまで頭に叩き込んだりする作業は苦痛だ。私は知っていることが好きなのであって、覚えるとか自分のものにするとかにさほど興味が無い。

知れば満足してしまう。これは恐らく私の悪い癖だろう。この癖のおかげで現在毎日休日になってしまっているのだから!

知れば満足する というのは本当に良くない。すぐ忘れてしまうし、自分でその知識を使えない。だからこの性格をどうにかしたいと常々思っている。思ったところで何も変わりはしないが。

おかげで、一向に頭が良くならない。いや、これも何をもってして頭が良いと定義するかによって変わってくるが、知識が多いことを頭が良いとするならば、私は忘れてしまうし蓄積されないので頭が悪いことになる。

これは非常に残念なのだ。私は知識人になりたいと思っているのだし、出来ることならば知ったものを自分に取り込みたい。

それが出来ればこんなに悩んでいない。

私には努力が苦手という、人として欠陥があるのでなかなかうまく生きれないのが現状である。日々の退屈から抜け出したくても、抜け出す手段がないのだ。

何を言いたいかというと、私は退屈を持て余していてどうにか楽しく生きたいということである。

まぁ「そんなこと言ってないで勉強に励め!」 の一言で終わってしまうような事なのだが。それは分かっているのだけれど、そのやらねばならぬ勉強とやらに新しい知識というものがないのである。厳密に言えば多少はあるのだが、大部分はその知った知識を頭に叩き込む作業で構成されている。

これがどれほどつまらないか。捗るはずがない。しかし、捗らないとその先は人生終了のレッテルが待っているのでどうしようもないのだ。

出来ることなら、好き勝手したい放題しても許される世界に生きたい。いやそんな世界があったとしてもすぐに滅亡するだろうけれど。

それに、そんな世界はあまりにも都合が良すぎて逆に退屈しそうだ。