宇宙へ

宇宙を見た。

まるでスペースシャトルに乗ったような気分だった。

ひとりきりの真っ黒な世界は冷たくて、凍えそうだ。寒いよ。

星が銀河が呼んでいるみたいに瞬いて、僕を魅了した。

あまりにも美しいから、涙があふれて水滴になって零れた。

 

君の瞳はやっぱり宇宙だ。

 

君が事故で記憶を失うなんて思わなかった。僕と君は付き合ってもう随分経って、これから幸せになるはずだったのに。一緒に生きようって言おうと思っていたのに。ずるいよ。君だけひとりでどこか遠くに行ってしまった。

「あなたは誰・・・ですか」

「僕は君の恋人だよ」

「あの・・・それなら私を連れて逃げてくれませんか。どこかここからずっと遠くへ。」

そんな台詞から始まった、記憶のない君と僕の逃亡劇。

 

「でも、どうして逃げようなんていったの」

楽しそうに鼻歌を歌う君をみつめてそう尋ねれば、君の光のない瞳が僕の視線を離してくれない。

「覚えてない両親と一緒に療養するのが怖かった。何故か分からないけど家族から逃げて遠いところに目が覚めて最初にあった人といこうって決めてたの」

ふと一瞬、寂しそうな顔をした気がした。

確かに君の家族は決して良い人とは言えなくて、君の考えを全て否定するようなひとだった。いやな感覚だけ残っていたのだろうか。

「でも、本当に連れ去ってくれるなんて思わなかった。」

そういって、また鼻歌を笑いながら歌いだした。さながら子供のようだ。

君が逃げようなんて大胆なことを言ったのは初めてで、いつだって控えめだったから。家族に愛されていなくて、いつもひとりで、殴られたり、否定されても「それでも私の家族なの」と美しく笑う君がいつも寂しかった。全部知ったような顔をして泣きもしない君がとてつもなく虚しかった。だから君が記憶をなくして素直に逃げたいと思ってることを打ち明けてくれて僕はとても安心してしまった。

「君とならどこへだっていくよ」

 横を見れば君が満面の笑みを零していた。

 

車に乗って数時間。どこにいるのかも分からなくて、真っ暗になってしまったけれどとても幸せな時間を過ごしていた。

突然、

「ねえ、私たち恋人だったのよね」

そういって僕に君のやわらかい唇を当てた。

「な、なんで。でも君は覚えてないのに」

すると君は優しくふわりと笑って、

「私、あなたが好きになったみたいなの。よかったらまた、付き合ってくれますか」

君が僕に告白するのは二回目だ。昔も君からそういってくれた。

「嗚呼、やっぱり君には適わないよ。もちろん。よろしくね。」

記憶を失くしても楽しそうに笑う君が愛おしくてたまらなくなった。悲しいことを君は知っているのだろうか。君は何も知らないことが怖くないのだろうか。

「私ね、何も知りたくないの。なんだか前からずっとこうやって全てを忘れたかった気がするの。何故か何も覚えてないことが幸せでしかたがないわ。だって私の世界にはあなたと二人きりだから。」

心底幸せそうに僕によりかかって、愛おしそうに見つめる瞳はまぎれもなく以前の君のものだった。

「君の幸せのためなら僕は何だってするしどこへだってついて行くよ。」

君はそっかあとつぶやくと窓の外を見た。外は星が綺麗に見えていた。月が僕らを照らした。

「あのね、宇宙に行きたいの。一緒に行ってくれる?」

そっと目を閉じて僕に語りだした。

「本当はね、覚えていることがひとつだけあるの。私、事故じゃないのよ。本当は自殺しようとしたの。それだけははっきり覚えているの。」

自殺?君がどうして。君はいつも幸せだって言っていたし本当に幸せそうだった。僕ともずっと一緒にいようって約束していたのに。

「どうして死のうなんて思ったの」

「覚えてないけど、私は逃げたかったのだと思う。でもね、あなたのことはきっと大好きだった。だからあなたのせいじゃないよ。あなた以外の全てだよ多分。世間とか家族とか社会とか。そういう全てから逃げたかったんだよ。」

君の瞳からはいつしか大粒の涙が零れていて、そこに星が映りこんでキラキラと輝いていた。まるで宇宙のようだった。全てを知っていて何も知らない冷たい瞳、宇宙の果てを見ているような君の瞳。あまりにも美しいから僕まで泣けてしまった。

「宇宙に行こう。一緒に逝こう。」

君の苦しみはきっと大きすぎた。君の世界は広すぎた。今のように君の中に僕しかない世界はきっと幸せだ。だからこの空間が壊れてしまう前に。君の隣で君と一緒に星になろう。永遠になろう。どうか僕にも不幸を分けてよ。

「あなたならそういってくれると思った。ありがとう。」

やさしく笑う君の顔に見蕩れる。君とならどこまでもいける気がした。

 

 

車を降りて、星とやさしい月明かりの中を歩いた。

愛してるよなんて言い合いながら。

そうして、君と二人、手を繋いで宇宙と同じ真っ黒な海に飛び込む。

離れないように寂しくないようにしっかり繋いで。二人とも笑っていた。

見上げれば月に照らされた海の中は宇宙だった。君の瞳と同じ宇宙。

僕は君とひとつになる。もう君が寂しくないように。

 

これが僕らのハッピーエンド。