記憶喪失とラムネ

素敵な6月だった。と思いたかった。

ついこの前、「もう6月か、梅雨だね」なんて言っていたのに気がつけば7月だった。感覚にしてほんの1週間くらいのような気さえする。まあそんなことはありえないけれど。夏はとても好きだけれど、夏は来てしまったら一瞬で過ぎてしまうのを知っているから待ち遠しいくらいがちょうど良い。まだかなあ、早く夏来ないかなあと思っている時が案外一番楽しかったりするのだ。6月が終わったことをこんなに惜しく思うのは、6月の終わりは夏の到来を意味しているから。6月にやり残したことが山ほどあって、実質何もしなかったに等しい。夏が来る前にやらなきゃ梅雨のあいだに片付けなきゃと思っていても思っていただけで終わり、それはもはや諦めの境地にいた。取り返しはつかない。知っている。

今年も懲りずに過ちを犯し続けているのが私で、後悔に後悔を重ねたまま今年も夏がやってきてしまったのだ。私の愛してやまない夏は私を一番苦しめる。愛は苦しいものだ。夏はやっぱり楽しみたい。でも、しなければならないこととしたいことを書いたリストをにらめっこしても時間が過ぎるばかりで何も進まない。したいこと、なんてしなくても困らない。ただせっかく夏だからしようという気が起きてしまうだけであって本当はしなければならないことをひたすらこなせばいいのだ。

こういう夏への甘さが自分を苦しめると知っているくせに。何もしない。

記憶喪失になっている6月の間に私は一体何をしたのだろう。どんなものを今の私に残してくれたのだろう。疑問に思うくらいには何も無い。一ヶ月の空白は私に自業自得と言わんばかりに嘲笑う。だから、手付かずの机の上の書類を投げ出して敷きっぱなしの布団に寝転がり、世界の終わりを想像する。でも目の前の現実は変わらないし散らかった書類に埋もれるばかりで嫌気と憂鬱に支配される。抜け出したい。方法は知っている。ただ実行できないだけ。それを甘えというのだけど。

夏の熱に犯されるまであと何日?

それとも既に私は夏と心中?

ラムネを一口飲んで広がる爽やかさに全ての悩みが溶かされる気がした。なんとかなるよと灼熱の太陽に背を押された気がした。天国も地獄もない現実を生きるのなら霞む視界をこすって前を向くしかない。

夏に殺される前に、私が夏を殺すんだ。