六畳一間

テレビ、本棚、タンス、クローゼット、机、そして布団を敷けばいっぱいになる空間。手を伸ばせば全て届く距離にある。飲みかけのラムネ、散らばった文房具、開きっぱなしの本、脱いだままのパーカー。頭の上から落ちてくる紙切れ。「夏祭り 7/△ ✕○公園  □時より」 の文字。私はため息をついたし、なんなら今すぐ破り捨てようかと思った。これは何かと言うと、先日引っ越す前の頃からの旧友というには怪しい知人とばったり会った時に渡されたのだ。

「久しぶり。戻ってきてるなんて珍しいね。あ、知ってると思うけど今年も地元で祭りやるからさ、よかったら来てよ。」

そう言って押し付けられたチラシ。そもそも知らないし興味もないしもちろん行く気もない。ゴミを押し付けられたなとうんざりしたが、仕方がなく笑顔で貰っておいた。そしてそのまま机の上に適当に置いといたのが何かの拍子で頭上に落ちてきたらしい。正直イラッとくる。

夏祭り、引っ越すまでは小学校の頃からずっと手伝いなどで参加させられていた。子供たちでお店を開いたり、神輿を担いだり歌を唄ったり。当時、私は人見知りだったし、なんとなく同年代の女の子のノリについていけなかったりして孤立していた。そんなことはお構い無しに保護者たちは子供をみんな仲良しだと思い込みひとつのグループに勝手に決める。私以外に三人女の子がいたが、三対一で私が余り、常に一人で後ろを孤立してることがバレないようについて歩く。彼女たちは私を見てコソコソ笑い、男の子も男同士で活発に動いていて混ざれそうにない。完全に一人ぼっち。だから夏祭りは嫌いだった。

でもその頃、私は塾に通って学年一位の成績を取っていたためか周りをバカにして自分の気持ちを保っていた。「私の十分の一も知識がない奴と連んだって自分に何の得もない」と思って心の中で笑っていた。なかなかに最低だとは思うが、一人を仲間はずれにするよりはましじゃないか?そう思うだけで救われた。ああ、馬鹿だから仕方が無い、むしろ一緒にいたって話なんか合うわけがないと考えれば心は恐怖より優越感が勝った。

でも今やどうだ。地元に戻った際、七年近くぶりに会ったその、私を避けた彼女に夏祭りに誘われ、しかも彼女の方が頭が良いのだ。彼女は某有名大学に通い、私は浪人生。嗚呼、なんという悲劇だろうか。あんなに苦しい思いをさせておいて謝罪のひとつもなければ、私に勝ち目すらない。過去のように優越感で消すどころか、劣等感でさらに殺される気分だ。あんなに人間として非道な行動を散々しておきながら神に選ばれたのは彼女のようだった。

真夏の炎天下、うるさく鳴く蝉の音、彼女の勝ち誇った笑み、苦笑いで視線を外す私の敗北感の先に映り込む夏祭りのチラシ。フラッシュバックする過去の悲しい日々と私の優越感…。いつか報われると思っていた過去の私に謝罪しよう。七年後の私は君よりずっと落ちこぼれになっているよ、申し訳ない。ごめんよ。

額から汗がたらりと垂れたところで耐えきれず地元を早足で出て逃げ帰ったわけだが、落ちてきたチラシのおかげでいまだにその熱に魘される羽目になった。とにかく、これ以上やきもきするのはごめんなのでチラシをこれでもかと言うくらい小さく丸めてゴミ箱に向かって投げた。始球式なら拍手喝采のごとくチラシのボールは小さなゴミ箱の入口に吸い込まれていく。ストライク!

もちろん夏祭りなんて行かない。行ったってろくなことがないのは自明であるし、そんな時間があるなら私は街中で飲み歩きたいさ。この不公平さを嘆きたいところだからね。家族が病気になったり私がうつ病になって不幸に不幸を重ねてる間に、相手は勉強して努力して?地位を勝ち取って彼氏まで作って、幼き頃から友人も愛も立場も持っていたのにさらにそこから幸福を重ねたわけか。うーん。良い具合に現実という感じがする。「これが現実かあ」という台詞はまさにこういう時に使うものだなあと思った。

人間なんて本当に損しかしない。否、私がそうであるだけかもしれないがとにかく良いことがない。心の端っこの方で他人の不幸を密かに祈りながら自分は努力をするしかないのだろう。報われることなんて望んでもこの通りどうしようも無いので何も無いのが人生だろうくらいの心持ちでいれば良いのか?逆にその彼女のようなほかの人間はどうやって生きているんだ?まるで理解に困る。

そこまで考えたところで思考に終わりが見えなくなってきたためやめることにする。腕の蚊に刺されが痒くてそんなくだらないことを考えている場合ではないのだ。今すぐ痒み止めを買いに行かなくては。あ、ついでにお酒も飲んじゃおうかな。明日(今日?)は日曜だ。ゆっくり寝られる…って毎日ゆっくり寝ているか…そろそろ真面目に生きないとまた今年もつけが回ってきそうだ。

そんなこんなで、これからコンビニに行くのでこのへんで。またいつか、機会があれば会いましょう。