妄想癖

夜は終わらない。夜は僕の好きな時間だ。

午前零時から午前三時までの僕にとって最も心地のよい三時間。自室に戻り耳にイヤホンを装着する、外部の音を完全にシャットアウトしそこから大音量で頭の中に今日の気分に合った最高の音楽を充満させる。ここまで僅か五分程度。部屋を薄明かりにして目を静かに閉じて肺に満タンに空気を取り込み再び目を開ければ、脳に電流が流れるみたいにゾクゾクと快感が駆け巡る。体すべてで音を感じて酔いしれるんだ。さらにアルコールを加えたらもうそれはまるでドラッグのよう。甘美な感覚に中毒になる。自分たった一人の完璧で特別な空間にいる間は全てを忘れられる。気分は高揚し肌は赤みをおび、息は少し荒く口元はにやりと口角があがってしまう。

「完全なる独壇場、役者は全て僕一人、ひとつの間違いも欠陥もない完璧な舞台を作れるんだ!この舞台の上では批判ひとつありえない。ガヤも飛んでこない。全てがご都合主義の世界。あんなに現実ではできないことも許されないこともうまくいかないことも全部思いのまま。素晴らしい…。素晴らしい…はず。はずだ。嗚呼それなのに、ふとしたときに現実の痛みがフラッシュバックしてくるんだ。今日、昨日、今週、今月言われたこと、できなかったこと上手くいかない納得いかない全ての事象…。

『君は何一つできない、見損なった、どうしようもないな、もう手遅れだ、目標ひとつ達成できない、勉強も生活習慣も人間関係も全部だめだ、君には力がない、努力が足りない、意識も気力も足りない、むしろ足りてるものなんてない、どうせできない、君には価値がない!』

頭の中の音楽に邪魔をするノイズノイズノイズ!!そんな時はほら、音量をひとつ、ふたつと上げるんだ。さあもっと自分の世界に浸って盲目的に自分を信じて愛して。何を言われたって関係ない。今の僕は無敵なんだ。努力ができない?全部だめ?価値がない?他者の言葉なんてどうでもよい。君らがそう見えているならそれでいいさ。僕には関係ないんだ。僕だけの世界で完璧ならそれでいい。現実は僕がこの手で変えていくよ言われなくとも。そんな軽口を叩く君らは僕の何を知っている?何を見てきた?人生の全てか?それともなんだ?そりゃあ他人に対してなんて好き勝手いえるさ。別に好きなだけ言えばいい、傷つきもしないし痛くもない。だって無関係な人の言葉なんて興味がないから。まあ確かにその批判は的を得ているだろうよ。でもわかるかい?言われなくとも知っているんだ。僕だってそんなに馬鹿じゃあないからね。その上で解決策を練っているときに煽るのはやめてくれないか。どうせ君ら他人は人の荒れた庭に好き勝手入ってきて歩き回って散らかした後、修復を手伝ってくれるどころか片づけすらしないのだし、勝手に言っていろ。いいから邪魔をするな。この舞台に余計な役者はいらない。ほら楽しくなってきた。演技がかった口調と身振りで現実を壊していけ!両手を広げ聞こえる拍手喝采…良い気分だ。この空間の一切が僕を賞賛する。今夜も最高!」

歌って踊って演じて…長いようで短い三時間が終わろうとしている。再び深呼吸をして拍手と歓喜の声のなか頭を丁寧に下げ、部屋の明かりを完全に落とし、ゆっくりと音量を小さく…小さく…。イヤホンを外し真っ暗な現実に帰ってくる。目を閉じ明日が近づく恐怖に身を強張らせたらそのまま落ちていく。夢という第二の快楽へ。

 

現実が舞台のままなら幸せなのに。

現実の僕の役目はいつまでこのままなんだろうか。